ぺちぺちくん18・正月に鎌倉駅でキセル扱いされる


正月に初詣に行ったときに、江ノ電の鎌倉駅構内で鎌倉にお住いの知人と待ち合わせのため改札をパスモで入ったのである。

しかし、知人が来客で遅れて、1時間ほど構内のベンチで暇をつぶしたのであるが、まだ来ないので外でお茶でも飲んで待とうてなことで、改札を出ようと思ったら、自動改札でパスモがピンポンとなって出られないのである。

それで、駅員のいる窓口に行って「さっき入ったが、都合で外に出たい」と言ったら、制服の眼鏡のにーちゃんがパスモを調べて「これ、入ってから1時間も経ってますよね、どこまで行って来たんですか?」とすごい剣幕で詰め寄られたのである。

「いや、知人と待ち合わせで、あそこのベンチに」と説明したが、さらに血相変えて声も張り上げて「1時間もそんなはずはない、どこまで行ったんですか?」の一点張りである。

めんどくさいので「じゃあ、全線分往復で引いてください」と言ったら急に丁寧口調になって「けっこうです、お通り下さい」とパスモを返してくれたので、あーらびっくりねとがっかりしたのである。

まあ、さらに事務所に連れていかれて、駅員に囲まれて取り調べになったら実におもしろい正月になったので、まことに残念といえば残念であるが、そのあとすぐ知人が来たので、にーちゃんがさらにヒステリーを起こしてもそれ以上には楽しめなかったわけであるので、これで正解であるわけである。

まあ、江ノ電には無人の改札の駅もあるので、その手のキセルが多々あるのかもしれんが、全線分往復でも620円であるので、子供ならともかく、あたしみたいないい年のおっさんがそんな金額でバカなことをするとも思わないのがふつーであろうが、にーちゃんにはあたしの風体がそうとう怪しく見えたのかもしれないのである。

このように、本人の思惑とは関係なくいろいろなことに巻き込まれるわけであるので、おもしろいといえばおもしろいが、何があるかわからんのが人生でありこの世であるわけである。

まあ、たとえばあたしは10代20代のときにオートバイに乗っていたこともあるので、そのころの乱暴狼藉危険極まりない日々を考えると、今生きてることさえホントに不思議であるが、生きるべくして生きて、そのうち死ぬべくして死ぬわけである。

つまり、生きるときはなにをしてもしなくても生きるが、死ぬときは何をしてもしなくても死ぬのである。

この世はすべてが法則で成り立っており、すべてはすでに決定されているのである。

やっぱり無神論者はこーでなくちゃいけませんやね。

しらんがな。

1 件のコメント:

  1. 先生は、おぼうそうぞくでいらっしゃったのですね、納得です。

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